野球の雑学・あるある75選|部活の会話ネタや面白い由来まとめ


野球は100年以上の歴史があるスポーツですが、その裏側には「そんなのアリ?」という爆笑エピソードや、大谷翔平選手やイチローさんのような超人の伝説が隠されています。野球部員からスポ少の親子、草野球を楽しむ大人まで、もっと競技が楽しくなる雑学を75個紹介します!
1. 幼稚園・保育所向け|はじめての「やきゅう」雑学
ふわふわに見えるけど、実は中身はコルクやゴムがぎっしり。石みたいに硬いから、当たると痛いんだよ。だから帽子(ヘルメット)をかぶるんだね。
魔法の杖みたいだけど、実はアオダモやメープルという強い木から削り出されています。一本の木から一本のバットができるんだよ。
みんなが使うグローブは、牛さんの皮からできています。大切に使ってオイルを塗ると、自分の手に馴染んで相棒(あいぼう)になるよ。
1塁、2塁、3塁は四角いけど、ホームだけお家の形。これはピッチャーが「ここを通せばいいんだ!」とわかりやすくするためだよ。
英語で「打て!」という意味。昔は審判が「ほら、打てる球が来たぞ!打て!」とバッターに教えてあげていた名残なんだよ。
昔の選手が着ていた服がゆったりしていたので、パジャマみたいに見えたんだって。今は動きやすい魔法の服に進化しているよ。
アウトになったらベンチ(お外)に戻るから。でも、次があるから大丈夫!
一番えらい人だから、ビシッとかっこよく見えるように黒い服を着ていることが多いんだよ。
野球のボールには赤い糸が108本縫いつけてあります。煩悩(ぼんのう)の数と同じんだって!
「これでバイバイ、また明日!」という意味。勝って帰れる、世界で一番ハッピーな挨拶なんだよ。
2. 小学生・スポ少向け|練習の合間に話せる野球の話題
1885年、7回に放ったフライが強風でホームランに。打った選手が「Lucky 7th!」と叫んだのが始まりという説が有名です。
1864年までは素手でプレーしていたため、球を直接捕るのが痛すぎた。そのため、ワンバウンドで捕ってもアウトというルールがありました。
昔は平坦でしたが、ピッチャーが勝手に土を盛り上げて投げやすくしたのが始まり。今は高さが約25cmと決まっています。
黒土と砂を混ぜて作られますが、実は沖縄の土がブレンドされている時期もあるハイブリッドな土なんです。
投手が準備する場所。牛(Bull)を囲っておく場所(Pen)に似ていたから、という由来があります。
ただの重りではなく、振った時に遠心力でバットが手から抜けないようにするストッパーの役割があります。
昔、キャッチャーは防具なしで戦う最も危険なポジション。だから「一番デカくて勇敢な男」がやる花形でした。
1879年頃は、9回ボール球を見送らないと1塁に行けませんでした。今のルールで良かったです(笑)。
プロの速球は洗濯機の脱水機よりも速く回っています。この回転が「伸び」を生み出します。
日本では早稲田大学の選手が使い始めたのが最初。1番は「一番うまい選手」というイメージから定着しました。
落ちているゴミを拾うのは「他人が捨てた運を拾っている」という考え。最高のメンタルあるあるです。
「毎朝カレー」は有名ですが、実はメジャー後半は「パンとうどん」に変わっていました。ルーティン進化あるある。
運動直後に炭水化物を摂るのはエネルギー回復に最高。全野球少年の共通認識です。
元々は観客や記者が「遠くからでも誰が誰だか見分けられるように」というファンサービス目的でアメリカで導入され、日本へ伝わりました。
1試合で約100球〜150球ほどが使われます。少しでも傷がついたり汚れたりすると、ピッチャーが最高の球を投げられるよう、すぐに新しいボールに交換されるためです。
3. 中高生・野球部向け|部活動で語れる野球うんちく
東京ドームの天井の隙間に打球が挟まり、落ちてこなかったことがあります。規格外のパワーの証拠です。
英語では「Hit by pitch」。デッドボールと言うと、単にプレーが止まった状態を指してしまいます。
測量ミスで6インチ(約15cm)長く測ってしまい、そのまま定着したという説があります。
1860年代にカーブが発明された際、「ボールが曲がるなんて手品か詐欺だ!」とファンが激怒しました。
捕手の集中力を乱さないよう、強い香りを避けるのが審判の暗黙のマナーです。
Strikeを「振」、3回目でアウトなので「三振」。直訳ですが、非常にわかりやすい命名です。
英語では「Night game」。日本で初めて夜間試合が行われた際、記者が作った造語が広まりました。
木のバットは湿気で重さが変わるため、特注ケースで湿度を一定に保つ究極のこだわりです。
陶器のお皿を使っていましたが、滑り込むと割れて危険なためキャンバス地に変わりました。
昔は木製でしたが、折れすぎて費用がかさむため、経済的な理由で導入されました。
2つの機関車が連結して走る様子を、1日に2試合行うことに例えた鉄道用語です。
全てのベースを踏まないと得点が認められません。喜びすぎて踏み忘れるとアウトに!
ベンチでうとうとしていた選手が、出番を呼ばれて飛び出しヒットを打った伝説があります。
弓を引く人やダンスのような人まで。「ストライク!」は審判の個性の出しどころです。
1シーズン負けなしの24連勝。今後破られることのないであろう神業です。
19世紀は、ホーム横に置かれた豪華なイスに座り、日傘をさしながらジャッジしていました。
現在は投げなくても敬遠が可能。敬遠の球を打ってサヨナラ勝ちする光景はもう見られません。
試合開始と終了に鳴るサイレンは15秒間。あの音を聞くと血が騒ぐのが野球部です。
目元だけ白い逆パンダ状態になるのは、厳しい練習を乗り越えた高校球児の証です。
タバコの代わりに噛むようになった名残。今では掃除が大変な野球文化の一部です。
「一応行く」のが野球界の義理。行かないと罰金を取られるチームもあるそうです。
思い出のシーンをイラストにするのは最高です。当サイトの素材もぜひ!(宣伝)
1870年代後半にフェンシングのマスクを改良して作られるまで、捕手はノーガードで試合に臨んでいました。今の装備があるからこそ、安心して鋭い球を受けられます。
元々は1から9番までの打順から始まった背番号ですが、選手の増加に伴いアメリカのプロリーグで「0」が使われ始め、日本でも個性的な番号として定着しました。
1890年、アメリカのプロ野球で1日に2試合(ダブルヘッダー)ともノーヒットノーランを達成したというとんでもない投手が実在しました。
4. 先生・指導者必見|子どもに教えたい「野球の裏側」
デラウェア川の特定地点で採れる特別な泥を塗るのが伝統。滑り止めの大事な儀式です。
試合前にホットドッグ12本を食べ激痛で欠場。「世界一高くついた腹痛」と言われます。
資金難の時代、他球団のものを赤く塗って使用。その精神が今の「全員野球」です。
巨人の母体は、来日する米国選抜と戦うために誕生。日本野球を守るためでした。
1884年まで上投げは卑怯とされました。ピッチャーは「打たせる役」だったのです。
スポーツ史上最高額。それでも「野球が一番好き」という純粋さが最大の魅力です。
少しの傷で即交換。1試合で100球以上が消費され、そのままお土産になります。
圧倒的パワーと新人の頃からの風格から。実は本人もお気に入りの愛称です。
初期には走者にボールをぶつけてアウトにするルールが。ほぼドッジボールですね。
構えでバットを垂直に立てて遠くを見るのは、目のピントを合わせる効果があります。
トップは年収数千万円。ただし正確なジャッジを続ける精神的重圧は相当なものです。
エイサという投手の愛称「エイサ(Asa)」が最高を意味する「エース」になった説。
試合が長いため、ベンチ裏での補食消費が激しい。もぐもぐタイムも戦術です。
家族や言葉を刻む選手が多い中、彼は常に「感謝」の気持ちを込めています。
ホームランが出るよう気圧調整している説は嘘。屋根を膨らます分少し高い程度です。
「野球は9人で行うもの」という伝統を重視。この対比が日本プロ野球の面白さ。
昔、板のようなバットを使う選手が現れ、議論の結果、丸い形と太さが決まりました。
皮膚が角質化し天然のグローブのよう。プロの手の硬さは努力そのものです。
ハワイが定番ですが昔は熱海などの温泉。豪華になるのもプロの夢ですね。
引退後も変わらない体型。現役時代から徹底された、日々の飽くなき自己管理能力の賜物です。
一流でも7割は失敗。大切なのは、次でどう切り替えるか。人生の教訓です!
「せっかくの日曜日、打ちたい!」という心理。でもバントは野球の醍醐味です。
1965年、アメリカのテキサス州に作られた「アストロドーム」が世界初です。雨や気候に左右されずに試合ができる、夢の球場として大注目を浴びました。
中世の軍隊の編成(第一陣、第二陣など)からきており、最も優れた精鋭部隊を「一軍」と呼んだことがスポーツ界にも定着したと言われています。
1936年、戸塚球場(現在の早稲田大学構内)で行われました。ここから日本のプロ野球の輝かしい歴史が一歩ずつ刻まれ始めました。
こどもから大人まで楽しめる、季節やスポーツのクイズ一覧はこちらから

他の季節の雑学を見てみませんか?













スポーツの雑学記事も人気です






動物の雑学記事も見てみませんか?



こどもから大人まで楽しめる、季節やスポーツのクイズ一覧はこちらから
