野球の雑学まとめ|学べる・語れる・ちょっと笑える豆知識
野球をもっと楽しく知るための雑学集です。一般向けやマニアックな雑学、思わず笑ってしまう話題まで幅広く紹介します。
一般向け|大人が知ると面白い野球雑学
昔は「打者がコースを指定」できた
今の野球は、ピッチャーが打者の苦手なところを突くのが当たり前ですが、初期のルールは驚くほど打者に優しかったんです。
・1880年代頃まで、打者はピッチャーに対して「高めを投げてくれ」「低めがいい」とリクエストする権利がありました。
・ピッチャーは言われた通りに投げる「ボール供給係」のような存在だったのです。今のストライクゾーンの概念は、この「リクエスト制度」が廃止されてから生まれました。
昔は「ワンバウンドで捕ってもアウト」だった
現代の野球でワンバウンド捕球はセーフ(ヒット)ですが、昔はアウトでした。
・1864年までは、ノーバウンドだけでなく「ワンバウンドで捕球しても打者はアウト」というルール(バウンドアウト)がありました。
・なぜなら、当時はまだ「グローブ」が存在せず、みんな素手でプレーしていたからです。時速100km以上の打球を素手でノーバウンドキャッチするのはあまりに痛すぎて危険だったため、ワンバウンドが許容されていました。
「ドカベン」のような捕手は、昔は「デブ」扱いじゃなかった?
野球用語の「キャッチャー」という言葉。実はこれ、昔の職業的なイメージが関係しています。
・19世紀、キャッチャーは非常に危険なポジション(防具がほとんどなかったため)だったため、「最も勇敢で、体格の良い男」が務めるのがステータスでした。
・今でこそ「キャッチャー=がっしりした体型」というイメージがありますが、もともとは「一番タフで恐れ知らずな男」の象徴だったのです。
審判は「イスに座って」ジャッジしていた
今では考えられませんが、初期の野球の審判はかなりリラックスしたスタイルでした。
・昔の審判は、ホームベースから少し離れた場所に置かれた立派なイスに座り、日傘を差しながらジャッジをしていました。
・当時は「紳士のスポーツ」としての側面が強く、審判は絶対的な権威を持つ「観戦者」のような立ち位置だったため、あくせく動き回る必要はなかったのです。
「サヨナラ勝ち」は日本独自の呼び方
感動的な「サヨナラ(Sayonara)」というフレーズ。実はメジャーリーグでは通じません。
・英語では「Walk-off(ウォークオフ)」と言います。打たれたチームが、そのままトボトボとベンチへ「歩いて去る」ことから名付けられました。
・日本で初めてこの表現が使われた際、「これで試合も終わり、さようなら」という意味で実況や記者が使い始めた日本独自の情緒あふれる言葉なのです。
昔のピッチャーは「下から投げていた」
今では160km/hの剛速球を上から投げ下ろすのが普通ですが、野球の歴史の半分以上、ピッチャーは「アンダースロー(下投げ)」しか許されていませんでした。
・初期ルールでは「手首を腰より高く上げて投げてはならない」と決まっていました。
・当時のピッチャーは、あくまで「バッターに打たせるための球を供給する人」だったため、攻撃的な上投げは「卑怯な行為」と見なされていたのです。1884年にようやく「上から投げてもOK」というルールになり、そこから球速の進化が始まりました。
昔は「フォアボール」になるまで「9回」も必要だった
今のルールでは「4ボール」で一塁へ行けますが、昔はバッターにとって非常に厳しい条件でした。
・1879年頃、フォアボールになるには「9回」もボール球を見送る必要がありました。
・その後「8回」「7回」と徐々に減っていき、ようやく「4回」に落ち着いたのは1889年のこと。もし今も9ボールだったら、1試合終わるのに何日かかるか分かりませんね。
ベーブ・ルースは「ホットドッグの食べ過ぎ」で試合を休んだことがある
野球の神様、ベーブ・ルース。彼は超人的な記録の持ち主ですが、私生活はかなり豪快(不摂生)でした。
・ある日の試合前、彼はホットドッグを12本、ソーダを8本も平らげました。
・その結果、激しい腹痛(消化不良)を起こして病院へ担ぎ込まれ、試合を欠場。「世界で最も高くついたお腹の痛み」として伝説になっています。
昔の審判は、判定に迷ったら「観客」に聞いていた
19世紀の野球において、審判は孤独な存在ではありませんでした。
・当時は審判が1人しかおらず、打球がフェアかファウルか判断しにくいことがよくありました。そんな時、審判は「近くで見ていた信頼できそうな観客」に「今のはどっちだった?」と尋ねる権利がありました。
・今の「リクエスト(ビデオ判定)」の超アナログ版といえますが、応援団に聞いたら大変なことになりそうですよね。
「ラッキーセブン」の本当の由来
「7回にチャンスが来る」というラッキーセブン。実はこれ、ある試合で起きた「奇跡の風」が由来と言われています。
・1885年のシカゴ・ホワイトストッキングスの試合中、7回に打った平凡なフライが、突然吹いた強風に流されてホームランになりました。
・その時、打った選手が「これは幸運(Lucky)な第7イニングだ!」と叫んだのがきっかけで、野球界に広まったという説が有力です。
日本初のプロ球団は「アメリカ遠征」のために作られた
日本初のプロチーム「芝浦協会(1920年)」が消滅した後、今のジャイアンツの母体となるチームができたのには、切実な理由がありました。
・当時、アメリカのプロチームが来日することになりましたが、日本には「プロ」がいませんでした。
・そこで「アメリカのプロと戦うための、日本選抜チーム(後の巨人)」が急造されたのです。つまり、日本のプロ野球は「内側から自然発生した」というより、「外敵に立ち向かうために作られた」という歴史を持っています。
「ドーム球場の屋根」に当たったボールのルール
ドーム球場の天井にボールが当たった場合、どうなるか知っていますか? これ、球場によってルールがバラバラなんです。
・天井の隙間に入り込んで落ちてこなかったら、なんと「二塁打」になります。
・過去には、松井秀喜選手が東京ドームの天井裏にボールを放り込み、ボールが消えてしまったことがあります。
