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サッカーの雑学まとめ|学べる・語れる・ちょっと笑える豆知識

サッカーの雑学まとめ|学べる・語れる・ちょっと笑える豆知識

サッカーをもっと楽しく知るための雑学集です。一般向けからマニアックなもの、思わず笑ってしまう話題まで幅広く紹介します。

一般向け|大人が知ると面白いサッカー雑学

昔のサッカーは「村対村のガチバトル」だった

中世のイングランドで行われていたサッカーの原型は、スポーツというより「お祭り騒ぎの暴動」に近いものでした。
・数百人の村人が参加し、数キロ離れた隣村の教会の門にボールを叩き込めばゴールという、とんでもないスケールで行われていました。
・さつ◯ん以外なら何でもありに近い状態で、街の店は窓を壊されないよう板を打ち付け、負傷者が続出。あまりの激しさに、歴代の王様たちが何度も「サッカー禁止令」を出したほどです。

ゴールネットが発明された理由は「判定トラブル」

昔のゴールにはネットがなく、ただの2本の柱だけでした。
・ボールが柱の間を通り抜けたかどうかで、選手や観客が「入った!」「入ってない!」と毎回大喧嘩になっていました。
・1891年、イギリスのジョン・ブロディという人物が「漁網をヒントにしたネット」を考案しました。これにより「網が揺れたらゴール」という視覚的なルールが確立され、世界中の争い事が一気に減ったと言われています。

「レッドカード」と「イエローカード」のヒントは信号機

昔の審判はカードを持っておらず、口頭で退場を告げていましたが、言葉が通じない国際試合では大混乱が起きていました。
・1966年のW杯で判定トラブルに直面した審判、ケネス・アストンが車を運転中、赤信号で止まる車を見て「これだ!」と閃きました。
・「黄色は注意、赤は停止(退場)」という万国共通の色彩ルールを取り入れたことで、言葉の壁を超えて誰にでも判定が伝わるようになったのです。

PK(ペナルティキック)は「紳士への屈辱」として嫌われた

ゴール前での反則に対するPK制度。1891年に導入された当初、当時のサッカー選手(ジェントルマンたち)からは猛反発を食らいました。
・「このスポーツに参加している紳士が、わざと反則をするわけがない!」というプライドがあったからです。
・当初は「PKを与えること自体が相手に対する侮辱だ」と考えられ、あえてPKをわざと外す選手までいたという、今の勝利至上主義からは信じられないようなエピソードがあります。

ゴールキーパーだけ「私服」で良かった時代がある

今でこそキーパーは専用のカラフルなユニフォームを着ていますが、100年以上前はかなり自由でした。
・1909年頃まで、ゴールキーパーは他の選手と見分けがつけば、「普通のコート」や「私服のセーター」を着て守っても良いというルールでした。
・さすがに審判が「どいつがキーパーだ?」と迷うようになったため、「キーパーは他の選手と全く異なる色のシャツを着ること」とルールが明文化されました。

昔のゴールキーパーは、相手選手の「首」を掴んでもよかった?

現代ではキーパーへの接触は厳しく制限されていますが、19世紀のイギリスでは全く逆でした。
・初期ルールでは、ボールを持っているキーパーを相手選手が突き飛ばしたり、タックルしたりすることが許可されていました。
・1888年の試合では、キーパーがゴールライン際で相手に押し込まれ、そのままボールと一緒にゴールに放り込まれて「得点」と認められたこともあります。キーパーは、今以上に「肉体的な強さ」が求められる格闘技のようなポジションだったのです。

「コーナーキック」は昔、存在しなかった

サッカーに欠かせないコーナーキックですが、これが正式に採用されたのは1872年のことです。
・それまでは、守備側がボールをゴールラインの外に出しても、単に攻撃側の「スローイン」や「ゴールキック」で再開されていました。
・しかし、それでは守備側がピンチの時にわざと外に出し放題になってしまいます。そこで「守備側が外に出したら、角からキックして再開する」という、攻撃側に有利なルールが追加されました。

PK戦は「くじ引き」の代わりに生まれた

今はドラマチックな決着方法として定着しているPK戦(ペナルティシュートアウト)ですが、これが定着したのは1970年頃からです。
・それまでの引き分けの決着方法は、なんと「コイン投げ(くじ引き)」や「再試合」でした。
・1968年の欧州選手権の準決勝では、イタリアとソ連が引き分け、審判が控え室でコインを投げてイタリアの勝利が決まりました。あまりに「運ゲーすぎる」という批判が出たため、ドイツの審判が考案したPK戦が導入されることになったのです。