寺島武志の大学・高校は?身長やタイでの経歴・日本代表監督まで調査

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寺島武志監督の大学・高校や経歴を詳しく紹介

セパタクロー男子日本代表を率いる寺島武志さんは、約22年間にわたって現役選手として活動し、そのうち約21年間を日本代表として過ごした元アタッカーです。

現役時代にはアジア大会でメダルを獲得したほか、2011年から2017年までセパタクローの本場・タイのプロリーグにも参戦しました。現在は選手から指導者へ立場を変え、男子日本代表を率いています。

この記事では、寺島武志監督の大学・高校・中学などの学歴をはじめ、身長や年齢などのプロフィール、タイでの経験、現役時代の成績、日本代表監督としての経歴まで、公表されている情報をもとに紹介します。

目次

1. 寺島武志の大学・高校はどこ?日本体育大学でセパタクローを始める

寺島武志監督の最終学歴は日本体育大学です。高校は東京都立足立高校、中学校は足立区立第十中学校に通っていたことが、JOCのアジア大会日本代表資料で確認できます。

セパタクローを始めたのは日本体育大学へ進学してからでした。それ以前はサッカーに取り組んでおり、大学でも一度はサッカー部に入っています。

1-1. 大学は日本体育大学

寺島武志監督の出身大学は日本体育大学です。

JOCが公開しているアジア大会の選手プロフィールでも、最終学歴として日本体育大学が記載されています。

本人へのインタビューによると、大学進学後はもう一度サッカーに取り組もうと考え、当初はサッカー部に入部しました。しかし、その後サッカー部を離れ、大学でセパタクローと出会うことになります。

1-2. 高校は東京都立足立高校

寺島武志監督の出身高校は東京都立足立高校です。

JOCの2010年広州アジア大会の日本代表資料には、足立区立第十中学校から足立高校へ進み、その後、日本体育大学へ進学した学歴が掲載されています。

セパタクローを始めたのは大学進学後のため、高校時代からセパタクロー選手だったわけではありません。競技との出会いは、大学生活が始まってから訪れました。

1-3. 中学校は足立区立第十中学校

寺島武志監督の出身中学校は足立区立第十中学校です。

中学校については公表されていないと紹介されることもありますが、JOCが公開した2010年広州アジア大会の日本代表資料に学校名が記載されています。

本人へのインタビューでは、中学時代まで三菱養和でサッカーに取り組んでいた経歴も語られています。その後ユースへ進んだもののサッカーから離れ、大学進学後に再びサッカーへ挑戦しています。

1-4. 大学1年生でセパタクローと出会った

寺島武志監督がセパタクローを始めたのは、日本体育大学1年生の途中です。

大学のサッカー部を離れた後、昼休みにセパタクローのサークルで練習する学生たちを見かけたことが競技との出会いでした。その後、実際に練習へ参加し、セパタクローに取り組むようになります。

本人のインタビューによると、競技を始めてから約半年で日本代表に選出されています。ただし、最初の国際大会では試合への出場はなかったと本人が説明しています。

大学で初めて出会った競技が、その後約22年間にわたって続く現役生活と、男子日本代表監督としての現在につながっています。

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寺島武志

2. 寺島武志の身長・年齢・出身は?プロフィールを紹介

寺島武志監督は1982年11月4日生まれで、2026年9月現在は43歳です。身長は167cmで、JOCのアジア大会選手プロフィールや所属企業のアスリート紹介でも確認できます。

出身については、JOCでは出生地が奈良県、所属企業では出身地が東京都足立区と掲載されています。情報が食い違っているのではなく、生まれた場所と育った地域を分けて見ると分かりやすいでしょう。

2-1. 寺島武志のプロフィール一覧

名前 寺島武志
読み方 てらしま たけし
生年月日 1982年11月4日
年齢 43歳(2026年9月現在)
身長 167cm
出生地 奈良県
出身地 東京都足立区
現役時代のポジション アタッカー
現在 セパタクロー男子日本代表監督

現役時代のJOCプロフィールでは体重62kg、所属企業のプロフィールでは63kgと掲載されており、時期によって記録が異なります。そのため、体重については特定の数字を現在の体重として断定するのではなく、各プロフィールが作成された時点の情報として見る必要があります。

2-2. 読み方はてらしま たけし

寺島武志監督の名前の読み方はてらしま たけしです。

JOCが公開しているアジア大会の選手プロフィールでも、この読み方が掲載されています。

寺島武志の名前で長年にわたって日本代表選手や指導者として活動していますが、公開されている公式プロフィールから別の本名や活動名は確認できません。

2-3. 1982年生まれで2026年現在43歳

寺島武志監督は1982年11月4日生まれです。2026年9月24日現在は43歳で、11月4日の誕生日を迎えると44歳になります。

2006年のドーハアジア大会では24歳で日本代表に選ばれており、その後も長期間にわたって日本代表選手として国際大会に出場しました。

2-4. 身長167cmで東京都足立区出身

寺島武志監督の身長は167cmです。2014年と2018年のアジア大会におけるJOCのプロフィールでも167cmと記録され、所属企業のアスリート紹介でも同じ身長が掲載されています。

出身地については、東京都足立区として紹介されています。足立区立第十中学校、東京都立足立高校を経て日本体育大学へ進学しており、学生時代の学歴からも東京都足立区との関わりが確認できます。

2-5. 奈良県天理市生まれと東京都足立区出身の違いは?

寺島武志監督の出身を調べると、奈良県と東京都足立区という2つの情報が見つかります。

JOCのアジア大会プロフィールでは出生地が奈良県と記録されています。一方、所属企業のプロフィールでは出身地が東京都足立区です。また、本人を紹介するインタビューでは奈良県天理市生まれ、東京都足立区出身と説明されています。

そのため、プロフィールを整理する場合は、奈良県天理市で生まれ、東京都足立区で育ったと捉えると、それぞれの情報を区別できます。

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3. 寺島武志はなぜタイへ?現役時代のセパタクロー経歴

寺島武志監督は、日本代表のアタッカーとして長くプレーしただけでなく、セパタクローの本場であるタイのプロリーグにも参戦した経歴があります。

大学から競技を始めた寺島監督ですが、短期間で日本代表に選ばれ、その後はアジア大会などの国際舞台を経験。2011年から2017年にかけてはタイの複数のチームでプレーしました。

3-1. セパタクローを始めて約半年で海外遠征へ

寺島武志監督は、日本体育大学1年生の途中からセパタクローを始めました。

本人へのインタビューによると、競技を始めてから約半年で世界選手権の遠征メンバーに選ばれています。

最初の海外遠征では試合に出場できなかったものの、その後も競技を続け、日本代表選手として長期間にわたって国際大会に出場するようになりました。

3-2. 現役時代のポジションはアタッカー

寺島武志監督の現役時代のポジションはアタッカーです。

セパタクローのアタッカーは、ネット付近でトスされたボールを相手コートへ打ち込み、得点を狙う役割を担います。

寺島監督は日本代表でもアタッカーとしてプレーし、アジア大会をはじめとする国際大会に出場しました。2018年ジャカルタ・パレンバンアジア大会のJOCプロフィールでも、日本代表選手として登録されていることが確認できます。

3-3. 2011年からタイのプロリーグに参戦

寺島武志監督の現役経歴で特徴的なのが、2011年から2017年にかけてタイのプロリーグでプレーした経験です。

タイはセパタクローが盛んな国の一つで、寺島監督は日本代表として活動しながら、現地のリーグにも挑戦しました。

日本国内だけでなく、タイの選手たちと同じ環境で実戦経験を積んだことになります。現在の日本代表監督としての経歴を見るうえでも、タイで長期間プレーした経験は見逃せないポイントです。

3-4. タイで複数のクラブを渡り歩いた

寺島武志監督はタイリーグで、チョンブリ、ガラシン、マハーサラカーム、コンケーンなど複数のチームでプレーしたと紹介されています。

年 所属チーム
2011年 チョンブリ
2012年〜2013年 ガラシン
2014年 チョンブリ
2015年 ガラシン
2016年 マハーサラカーム
2017年 コンケーン

所属チームを変えながら、7シーズンにわたってタイリーグでプレーした経歴があります。

3-5. アジア大会で銀メダルと複数の銅メダルを獲得

寺島武志監督は現役時代、日本代表として複数回のアジア大会に出場しています。

2010年広州アジア大会では男子チームと男子ダブルで銅メダルを獲得。2014年仁川アジア大会でも男子ダブルで銅メダルを獲得しました。

さらに2018年ジャカルタ・パレンバンアジア大会では、男子クワッドで銀メダル、男子チームダブルで銅メダルを獲得しています。

大学からセパタクローを始め、日本代表として国際大会へ出場し、タイのプロリーグでもプレーした寺島監督。こうした長期間の選手経験を経て、現在は男子日本代表を指導する立場へと移っています。

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4. 寺島武志は現在セパタクロー男子日本代表監督

寺島武志さんは現役選手としての活動を終えた後、指導者へ転身し、現在はセパタクロー男子日本代表監督を務めています。

長年にわたって日本代表選手として国際大会を経験し、タイのプロリーグでもプレーしてきた寺島監督。現在は選手を指導する立場から日本代表に関わっています。

4-1. 約22年間の現役生活を終えて指導者へ

寺島武志監督は、日本体育大学でセパタクローを始めてから約22年間にわたって現役選手として活動しました。

本人へのインタビューでは、そのうち約21年間を日本代表として活動したと説明しています。

アジア大会への出場やタイのプロリーグ参戦などを経験した後、現役生活を終え、選手を支える指導者へと役割を変えました。

4-2. 男子日本代表監督に就任

寺島武志監督は、現役引退後に日本代表の指導に携わり、2023年には男子日本代表のヘッドコーチ兼監督として活動していることが紹介されています。

現役時代に所属した日本代表を、現在は指導する立場から率いています。

2026年愛知・名古屋アジア大会でも、JOCが公開しているTEAM JAPANのセパタクロー男子スタッフに寺島武志監督の名前が掲載されています。

4-3. 選手との対話や自主性を重視する指導

寺島武志監督は、指導者として選手に答えを一方的に与えるのではなく、対話を通じて選手自身が考えることを大切にしています。

本人へのインタビューでは、現役時代に自身が受けてきた指導も振り返りながら、選手が自分で気づき、自主的に取り組めるような関わり方を意識していることを語っています。

選手として長く日本代表に在籍した経験を持ちながら、監督となった現在は、選手自身が考えて競技に取り組める環境づくりを重視しています。

4-4. 2025年キングスカップ世界選手権で男子クアッドが優勝

寺島武志監督が率いる男子日本代表は、2025年にタイで開催された第38回キングスカップ世界セパタクロー選手権の男子クアッドで優勝しています。

男子クアッドのPREMIER DIVISIONで日本代表が金メダルを獲得し、寺島監督にとっては指導者として国際大会を戦う中での大きな結果の一つとなりました。

寺島監督自身も現役時代にタイで長くプレーしており、選手時代と監督時代の両方でタイのセパタクローに関わっています。

4-5. 2026年愛知・名古屋アジア大会で日本代表を指揮

2026年9月に開催されている愛知・名古屋アジア大会では、寺島武志監督がセパタクロー男子日本代表を指揮しています。

男子代表には、春原涼太選手や髙田脩真選手をはじめとするメンバーが選出され、寺島監督はTEAM JAPANの監督として大会に参加しています。

かつて自身もアジア大会で日本代表選手としてメダルを獲得した寺島監督は、2026年大会では監督という立場でアジアの舞台に臨んでいます。

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5. 寺島武志の家族や結婚は?サッカー・音楽活動も紹介

寺島武志監督は、セパタクロー以外にもサッカーや音楽に取り組んだ経歴があります。一方、家族について公表されている情報は限られているため、確認できる範囲を整理して紹介します。

5-1. 2017年に結婚し子どもがいる

寺島武志監督は2017年に結婚しています。また、本人を取り上げたインタビューでは、結婚後に子どもが誕生したことも紹介されています。

現役選手として活動していた時期に家庭を持ち、その後は選手生活を終えて日本代表の指導者へ転身しています。

5-2. 妻や子どもの詳しいプロフィールは公表されている?

寺島武志監督の妻や子どもの詳しいプロフィールは広く公表されていません。

結婚や子どもがいることは本人を紹介する記事で確認できますが、妻の氏名や職業、子どもの氏名など、家族の詳しい個人情報については確認できません。

そのため、家族については本人が公表している範囲を超えて推測せず、結婚して子どもがいるという情報までにとどめるのが適切です。

5-3. 父親・母親・兄弟について公表されている?

寺島武志監督の父親・母親・兄弟について、詳しい家族構成は公表されていません。

公式プロフィールや本人へのインタビューなどを確認しても、両親や兄弟の氏名、職業などを裏付けられる情報は確認できません。

家族構成については、公開されていない情報をSNSなどから推測して断定することはできません。

5-4. セパタクロー以前はサッカーを経験

寺島武志監督は、セパタクローと出会う前にサッカーへ長く取り組んでいました。

本人へのインタビューでは、小学生から中学生の年代に三菱養和でサッカーを続けていたことが紹介されています。同じ年代には、後にプロサッカー選手となった本橋卓巳さんもいました。

その後、一度サッカーから離れたものの、日本体育大学へ進学して再びサッカー部に入部。しかし途中で退部し、大学内で練習していたセパタクローと出会ったことが競技転向のきっかけとなりました。

5-5. バンドでギター・コーラスを担当した経歴も

寺島武志監督には、スポーツだけでなくバンド活動をしていた経歴もあります。

2003年からインディーズバンドUNLIMITSに参加し、ギターとコーラスを担当していたことが紹介されています。

その後、セパタクローとの両立が難しくなったことからバンドを離れ、競技を続けました。

なお、ギター経験は確認できますが、現在の趣味や特技として公式プロフィールに掲載されているわけではありません。そのため、現在もギターを趣味や特技としているとは断定できません。

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寺島武志についてよくある質問

Q1. 寺島武志の大学はどこですか?

寺島武志監督の出身大学は日本体育大学です。大学1年生の途中でセパタクローと出会い、競技を始めました。

Q2. 寺島武志の高校はどこですか?

出身高校は東京都立足立高校です。JOCの日本代表資料では、足立区立第十中学校、東京都立足立高校、日本体育大学という学歴が確認できます。

Q3. 寺島武志の身長と年齢は?

身長は167cmです。1982年11月4日生まれで、2026年9月24日現在は43歳です。

Q4. 寺島武志はなぜタイでプレーしていたのですか?

寺島武志監督は現役時代、日本代表として活動する一方、セパタクローが盛んなタイのプロリーグにも参戦しました。2011年から2017年にかけて、チョンブリやガラシンなど複数のクラブでプレーしています。

Q5. 寺島武志は現在何をしていますか?

現在はセパタクロー男子日本代表監督を務めています。2026年愛知・名古屋アジア大会でもTEAM JAPANの男子代表監督としてチームを指揮しています。

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