杉本昌隆の年収は?大学・高校の学歴と棋士経歴や藤井聡太との関係を調査

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杉本昌隆八段はどんな棋士?

杉本昌隆さんは、日本将棋連盟に所属する現役棋士で、藤井聡太さんの師匠としても知られています。自身も八段として対局を続けながら、弟子の育成や将棋の普及、執筆、講演など幅広く活動しています。

この記事では、気になる年収について確認できる情報をはじめ、年齢・出身などのプロフィール、大学・高校の学歴、棋士を目指したきっかけ、プロ入り後の経歴や成績、藤井聡太さんとの師弟関係まで分かりやすく紹介します。

目次

1. 杉本昌隆はどんな棋士?年齢・段位などプロフィール

杉本昌隆さんは、愛知県名古屋市出身の将棋棋士です。1968年11月13日生まれで、2026年10月5日現在は57歳です。

1990年10月1日に四段へ昇段してプロ棋士となり、2019年2月22日に八段へ昇段。日本将棋連盟の棋士番号は197で、故・板谷進九段を師匠としています。

1-1. 杉本昌隆のプロフィール|読み方・生年月日・年齢・出身

杉本昌隆八段の基本プロフィール

  • 名前:杉本 昌隆
  • 読み方:すぎもと まさたか
  • 生年月日:1968年11月13日
  • 年齢:57歳(2026年10月5日現在)
  • 出身地:愛知県名古屋市
  • 棋士番号:197
  • 段位:八段
  • 師匠:故・板谷進九段
  • プロ入り:1990年10月1日
  • 所属:日本将棋連盟

杉本八段は2026年10月5日現在57歳で、同年11月13日に58歳になります。

身長についてはインターネット上にさまざまな情報がありますが、日本将棋連盟の公式プロフィールには記載されていません。そのため、公式に確認された身長として特定の数値を断定することはできません。

また、杉本昌隆とは別に本名があるという公式情報も確認できず、日本将棋連盟でも杉本昌隆の名前で登録されています。

→日本将棋連盟・杉本昌隆八段公式プロフィール

1-2. 現在は八段|棋士番号197・師匠は板谷進九段

杉本昌隆さんの現在の段位は八段です。

1980年に6級で奨励会へ入り、1985年に初段、1990年10月1日に四段へ昇段してプロ棋士となりました。その後、1995年に五段、2000年に六段、2006年に七段、2019年2月22日に八段へ昇段しています。

2022年1月には公式戦通算600勝を達成し、将棋栄誉賞を受賞しました。

2026年10月現在は順位戦C級1組、竜王戦5組に在籍。日本将棋連盟の公式記録では、通算成績は651勝574敗となっています。

棋士として対局を続ける一方、2023年6月9日から日本将棋連盟の理事も務めています。

1-3. 振り飛車を得意とする棋風と将棋研究

杉本八段は、振り飛車を得意とする棋士として知られています。

振り飛車とは、初期配置で右側にある飛車を左側へ動かして戦う戦法の総称です。杉本八段は四間飛車や中飛車などを指し、特に双方が振り飛車を採用する相振り飛車の研究でも知られています。

もともと奨励会へ入ったころから順調だったわけではありません。本人へのインタビューでは、奨励会に入ってから思うように勝てず、棋士になることを諦めそうになった時期もあったと振り返っています。

それでも将棋が好きという原点を支えに続け、1990年にプロ入りしました。50歳だった2019年には第77期順位戦C級1組で9勝1敗の成績を挙げ、B級2組への復帰昇級を果たしています。

→三菱電機・杉本昌隆八段インタビュー

1-4. SNSはある?著書・連載など現在の発信活動

杉本昌隆八段については、本人の公式アカウントとして日本将棋連盟のプロフィールから案内されているInstagramやXは確認できません。

一方、SNS以外では積極的に情報を発信しています。将棋に関する専門書に加え、藤井聡太さんとの師弟関係を題材にした著書やエッセイも出版してきました。

代表的な著書には『弟子・藤井聡太の学び方』『弟子・藤井聡太が教えてくれた99のこと』『師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常』『藤井聡太は、こう考える』などがあります。

新聞や雑誌での執筆、企業などでの講演、テレビ出演も行っており、現役棋士としての対局だけが現在の活動ではありません。

さらに、自身の将棋研究室を通じた後進育成にも取り組んでいます。藤井聡太さんをはじめとする弟子との関係についても、自身の著書やインタビューでたびたび語っています。

杉本八段は、現役棋士として対局を続けながら、師匠、日本将棋連盟理事、執筆者、講演者など複数の立場で将棋に関わっている人物です。

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杉本昌隆

2. 杉本昌隆の年収はいくら?棋士以外の収入源も調査

杉本昌隆八段の年収について調べると、インターネット上ではさまざまな推定額が見つかります。

しかし、杉本八段本人や日本将棋連盟から正確な年収は公表されていません。そのため、具体的な金額を年収として断定することはできません。

一方、杉本八段は現役棋士としての活動だけでなく、著書の出版、連載、講演、テレビなどへの出演も行っています。ここでは推測による年収額ではなく、確認できる活動から収入につながる仕事を整理します。

2-1. 杉本昌隆の正確な年収は公表されていない

杉本昌隆八段の年間収入を示す公式な金額は公表されていません。

プロ棋士には対局や棋戦への参加による収入がありますが、個々の棋士について年間の総収入がすべて公開されているわけではありません。

さらに杉本八段の場合、棋士としての活動以外にも執筆や講演、メディア出演などがあります。

そのため、対局数など一部の情報だけから杉本八段個人の年収を正確に算出することは困難です。

杉本昌隆八段の主な活動

  • 現役棋士として公式戦に出場
  • 将棋関連書籍やエッセイなどを出版
  • 新聞・雑誌などで執筆や連載を担当
  • 企業や団体などで講演活動を実施
  • テレビをはじめとするメディアに出演

ネット上で見かける推定年収と、本人や関係団体が公表した年収は分けて考える必要があります。

2-2. プロ棋士として対局・棋戦に出場

杉本昌隆八段は、2026年現在も現役のプロ棋士として公式戦に出場しています。

日本将棋連盟の公式プロフィールでは、2026年度の順位戦はC級1組、竜王戦は5組に在籍しています。

プロ棋士には公式戦の対局などに伴う収入がありますが、杉本八段が年間に受け取る対局関連の総額は公表されていません。

また、棋戦によって仕組みや条件が異なるため、単純に対局数へ一定額を掛けて年間収入を求めることも適切ではありません。

杉本八段は1990年のプロ入りから長く公式戦に出場し、2022年には通算600勝を達成。2026年10月現在も八段として棋士活動を続けています。

2-3. 著書・連載による執筆活動も行う

杉本昌隆八段は、将棋の戦術を解説する専門書だけでなく、藤井聡太さんとの師弟関係などをテーマとした書籍も数多く出版しています。

『弟子・藤井聡太の学び方』『弟子・藤井聡太が教えてくれた99のこと』『師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常』などがあり、2025年には『師匠はつらいよ2 藤井聡太とライバルたち』も出版されています。

文藝春秋などで執筆活動も行っており、棋士として盤上で戦うだけでなく、文章を通じても将棋や師弟の日常を伝えています。

書籍には一般的に印税などの収入がありますが、杉本八段個人の契約条件や実際の収入額は公表されていません。

→文藝春秋・杉本昌隆八段プロフィール

2-4. 講演やテレビ出演など活動の幅が広い

杉本昌隆八段は講演活動も行っています。

講演では、藤井聡太さんとの師弟関係や人材育成、挑戦することの大切さなど、自身の経験をもとにしたテーマを扱っています。

また、将棋に関するテレビ番組だけでなく、情報番組や対談などメディアに登場する機会もあります。

講演料やテレビ出演料についても、杉本八段本人が受け取っている具体的な金額は公表されていません。

そのため、講演回数やテレビ出演本数から年収を推定するのではなく、棋士以外にも複数の活動を行っているという範囲で捉えるのが適切です。

→杉本昌隆八段の講演プロフィール

2-5. 根拠のない推定年収を断定できない理由

杉本昌隆八段の年収について、一部のウェブサイトでは具体的な推定額が紹介されています。

しかし、年収を算出するには、棋士としての収入だけでなく、書籍の印税、連載、講演、メディア出演など、それぞれの契約内容や年間の実績を把握する必要があります。

これらの金額は公開されていないため、杉本八段の年収を数千万円などと特定する根拠は確認できません。

確認できるのは、現役棋士として公式戦に出場しながら、執筆、講演、メディア出演など複数の活動を行っていることです。

したがって、杉本昌隆八段の年収については「正確な金額は非公表」というのが、2026年10月時点で確認できる情報に基づいた答えとなります。

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3. 杉本昌隆の大学・高校は?学歴と棋士を目指した学生時代

杉本昌隆八段は、愛知県で学生時代を過ごしながら、プロ棋士を目指して奨励会で将棋を続けていました。

出身高校は愛知県立春日井南高等学校、大学は愛知淑徳大学とされています。一方、中学校については、信頼できる公式情報から具体的な学校名を確認できません。

杉本八段の場合、学歴と棋士への道は別々ではありません。小学生のころから将棋に打ち込み、学生生活と奨励会での厳しい勝負を並行していたことが、その後のプロ入りへつながっています。

3-1. 高校は愛知県立春日井南高校

杉本昌隆八段の出身高校は、愛知県立春日井南高等学校とされています。

杉本八段は高校へ進学する以前から奨励会に所属していました。1980年、小学6年生のときに6級で奨励会へ入り、1985年2月には初段へ昇段しています。

つまり、高校生の時点ですでにプロ棋士を目指す世界に身を置いていたことになります。

奨励会はプロ棋士を養成するための制度で、所属すれば自動的にプロになれるわけではありません。昇級・昇段を重ね、原則として四段へ到達することでプロ棋士となります。

杉本八段は学校へ通いながら、この競争の中でプロ入りを目指していました。

3-2. 大学は愛知淑徳大学

高校卒業後は、愛知淑徳大学へ進学しています。

大学時代も奨励会で将棋を続け、1990年10月1日に四段へ昇段。21歳でプロ棋士となりました。

杉本八段は小学生で奨励会へ入ってからプロになるまで約10年を要しています。その間には思うように昇級できない時期もありました。

本人へのインタビューでは、奨励会に入ってから2年間ほど6級から上がれず、棋士になることを諦めかけた時期があったことも語っています。

大学へ進学しながら将棋を続け、最終的に四段昇段を果たしたことからも、学生時代の長い期間をプロ棋士になるための挑戦とともに過ごしていたことが分かります。

3-3. 8歳ごろに父親から将棋を教わる

杉本昌隆八段が将棋と出会ったのは、8歳ごろです。

本人へのインタビューによると、父親からトランプ、オセロ、五目並べなどさまざまなゲームを教えてもらい、その中の一つに将棋がありました。

将棋には8種類の駒があり、それぞれ動き方が違うことに興味を持ったといいます。中でも杉本少年を引きつけたのが、ほかの駒を飛び越えて動く桂馬でした。

父親と遊ぶ中で出会った将棋でしたが、次第にほかの遊び以上に夢中になっていきます。

父親の詳しいプロフィールや母親、兄弟については広く公表されていません。家族について確認できる重要なエピソードの一つが、父親から将棋を教わったことです。

3-4. 小学生で棋士を志し小学6年生で奨励会へ

将棋を覚れた直後からプロ棋士を目指していたわけではありません。

杉本八段は、小学4~5年生のころから次第に棋士になりたいと考えるようになり、子ども向けの将棋教室にも通うようになりました。

そして1980年、小学6年生のときに奨励会へ入会します。

本人はインタビューで、奨励会に入ったことで、それまでの棋士になりたいという夢が覚悟へ変わったという趣旨の話をしています。

しかし、入会後は簡単には勝てませんでした。当初は居飛車を指していましたが、思うように昇級できない時期を経験し、その後は振り飛車を自分の武器として磨いていきました。

小学生で奨励会に入り、高校、大学と学生生活を送りながら将棋を続け、1990年に四段へ昇段。長い奨励会生活を経てプロ棋士への道を開いたことになります。

3-5. 中学校名や詳しい家族構成は公表されている?

杉本昌隆八段については、高校や大学に関する情報が知られている一方、出身中学校の具体的な学校名は信頼できる公式情報では確認できません。

名古屋市出身であることから中学校を推測する情報もありますが、本人や日本将棋連盟などによる裏付けがない学校名を出身校として断定することはできません。

家族についても同様です。父親から将棋を教わったエピソードは本人が語っていますが、父親・母親・兄弟の氏名や職業など、詳しい家族構成については公表されている情報が限られています。

杉本八段の学生時代について確実に確認できる重要なポイントは、幼少期に父親との遊びから将棋に出会い、小学生で棋士を志し、奨励会へ入った後も高校・大学へ進学しながらプロ入りを目指し続けたことです。

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4. 杉本昌隆の棋士としての経歴と成績|プロ入りから八段まで

杉本昌隆八段は、小学6年生で奨励会へ入会し、約10年をかけて1990年にプロ棋士となりました。

プロ入り後は勝数規定による昇段を重ね、2019年に八段へ昇段。50歳で順位戦B級2組への復帰昇級を決めたことや、2022年に公式戦通算600勝を達成したことも、これまでの棋歴を知るうえで重要な実績です。

2026年10月現在も現役棋士として公式戦に出場しています。

4-1. 1980年に奨励会へ入会

杉本昌隆八段は、1980年10月に6級で奨励会へ入会しました。当時は小学6年生でした。

奨励会は、プロ棋士を目指す人が昇級・昇段を競う養成機関です。杉本八段は入会後、思うように昇級できない時期も経験しながら将棋を続けました。

1985年2月には初段へ昇段。その後も二段、三段と進み、プロ棋士となる四段を目指します。

幼いころから順調に昇級し続けたという経歴ではなく、長い奨励会生活を経てプロへの道を切り開いた棋士です。

4-2. 1990年に四段へ昇段しプロ棋士に

1990年10月1日、21歳で四段へ昇段し、プロ棋士となりました。

第7回奨励会三段リーグで昇段を決めており、小学6年生で奨励会へ入ってから約10年を経てのプロ入りでした。

プロ入り後は、1995年12月6日に公式戦100勝の勝数規定で五段へ昇段。2000年7月11日に六段、2006年2月10日に七段へ昇段しています。

杉本昌隆八段の主な昇段歴

  • 1980年10月:6級で奨励会入会
  • 1985年2月:初段
  • 1990年10月1日:四段・プロ入り
  • 1995年12月6日:五段
  • 2000年7月11日:六段
  • 2006年2月10日:七段
  • 2019年2月22日:八段

五段以降の昇段はいずれも勝数規定によるもので、長期間にわたって公式戦で勝ち星を積み重ねてきました。

4-3. 2019年に50歳でB級2組へ昇級

杉本八段の棋歴の中でも注目されるのが、50歳で順位戦B級2組への復帰昇級を決めたことです。

第77期順位戦C級1組では9勝1敗の成績を残し、2019年度からB級2組へ昇級しました。

順位戦は、原則として名人への挑戦者を決めるA級を頂点に、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組とクラスが分かれている棋戦です。

杉本八段は過去にB級2組からC級1組へ降級していましたが、再び昇級を果たしました。

この時期は弟子の藤井聡太さんへの注目が高まっていましたが、杉本八段自身も現役棋士として順位戦で結果を残していたことが分かります。

4-4. 2019年に八段へ昇段

2019年2月22日には、七段昇段後の公式戦190勝という勝数規定を満たし、八段へ昇段しました。

プロ入りした1990年から約28年を経ての八段昇段です。

段位と順位戦のクラスは別の制度であるため、「八段だからB級以上」というわけではありません。段位は原則として一度昇段すると下がりませんが、順位戦のクラスは毎期の成績によって昇級や降級が決まります。

杉本八段は2026年現在も八段として公式戦に出場しています。

4-5. 2022年に通算600勝で将棋栄誉賞を受賞

杉本昌隆八段は、2022年1月28日に公式戦通算600勝を達成しました。

第35期竜王戦5組ランキング戦で勝利し、600勝に到達。日本将棋連盟の規定により、将棋栄誉賞を受賞しています。

将棋栄誉賞は、公式戦で通算600勝を達成した棋士に贈られる賞です。

杉本八段にとっては、1990年のプロ入りから30年以上にわたり積み重ねてきた公式戦の勝利による節目となりました。

4-6. 2026年現在の順位戦・通算成績は?

日本将棋連盟の公式記録によると、2026年10月時点で杉本昌隆八段は第85期順位戦C級1組に在籍しています。竜王戦は5組です。

通算成績は1225局651勝574敗、勝率0.5314となっています。

1990年にプロ棋士となってから30年以上が経過していますが、2026年現在も現役棋士として公式戦に出場しています。

さらに、棋士として対局を続けるだけでなく、日本将棋連盟理事、弟子の育成、将棋の普及、執筆や講演などにも活動の場を広げています。

杉本昌隆八段の経歴を見ると、奨励会時代から長い時間をかけて勝ち星を積み重ね、八段、通算600勝という節目に到達してきたことが分かります。

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5. 杉本昌隆はなぜ藤井聡太の師匠に?出会いから師弟関係まで

杉本昌隆八段と藤井聡太さんの師弟関係は、藤井さんがまだ小学生だったころから続いています。

2人が出会ったのは、杉本八段が幹事を務めていた東海研修会です。その後、藤井さんが奨励会を受験する際に杉本八段へ弟子入りし、プロ棋士への道を歩み始めました。

杉本八段は藤井さんへ一方的に将棋の技術を教え込むのではなく、本人が持つ力を伸ばせる環境を整えることを重視してきました。

5-1. 藤井聡太との出会いは東海研修会

杉本昌隆八段が藤井聡太さんと出会ったのは、2009年の東海研修会でした。

研修会は、将棋を本格的に学ぶ少年少女などが棋力を高めるための組織です。杉本八段は東海研修会の幹事を務めており、そこで幼い藤井さんの将棋を見る機会がありました。

杉本八段は後のインタビューで、当時から藤井さんの将棋に強い印象を受けていたことを語っています。

藤井さんは研修会で棋力を伸ばし、やがてプロ棋士を養成する奨励会への入会を目指すことになります。

5-2. 藤井聡太が小学4年生のころ杉本門下へ

藤井聡太さんが奨励会を受験することになった際、正式な師匠が必要になりました。

そこで藤井さんと母親が杉本八段のもとを訪れ、奨励会を受験するため師匠になってほしいと依頼したことが、正式な師弟関係につながりました。

藤井さんは2012年9月、小学4年生で奨励会へ6級で入会しています。

その後は昇級・昇段を重ね、2016年に14歳2か月で四段へ昇段してプロ棋士となりました。

日本将棋連盟の公式プロフィールでも、藤井聡太さんの師匠として杉本昌隆八段が記載されています。

→日本将棋連盟・藤井聡太さん公式プロフィール

5-3. 弟子入り直後の記念対局では藤井聡太に敗れる

杉本八段と藤井さんには、師弟関係の始まりを象徴するエピソードがあります。

藤井さんが弟子入りしたころに行われた記念対局で、杉本八段は小学4年生だった藤井さんに敗れています。

杉本八段は後のインタビューで、弟子が強いことは師匠としてうれしい一方、自分が負けたことには複雑な気持ちもあったという趣旨の話をしています。

藤井さんはプロ入り前から高い棋力を見せていましたが、杉本八段はその力を自分の型へ当てはめるのではなく、藤井さん自身の将棋を尊重してきました。

5-4. 技術を押し付けない杉本昌隆の指導方針

杉本昌隆八段と藤井聡太さんの師弟関係を知るうえで重要なのが、弟子を自分の将棋の型にはめない指導方針です。

杉本八段自身は振り飛車を得意としていますが、藤井さんへ同じ戦法を身につけるよう求めたわけではありません。

将棋の具体的な手を細かく教え続けるというより、藤井さんが自分で考え、将棋に向き合える環境を大切にしてきたことを複数のインタビューで語っています。

師匠と弟子であっても、それぞれ一人の棋士です。藤井さんが成長した後も、杉本八段は棋士として対等に盤を挟む関係を築いています。

杉本八段の著書でも、藤井さんの成長や師弟の日常、弟子との向き合い方について数多く紹介されています。

5-5. 2018年には公式戦で藤井聡太との師弟対局が実現

2018年3月8日には、第68期王将戦一次予選で杉本昌隆七段と藤井聡太六段による公式戦の師弟対局が実現しました。段位はいずれも対局当時のものです。

対局は一度千日手となり、指し直し局の末に藤井さんが勝利しました。

将棋界では、師匠と弟子が同じ公式棋戦へ出場していても、実際に対局するには組み合わせが一致しなければなりません。そのため、師弟が公式戦で直接対局する機会は必ず訪れるものではありません。

藤井さんはその後も棋士として実績を重ねていますが、公式プロフィール上の師匠は現在も杉本昌隆八段です。

杉本八段と藤井さんの関係は、幼少期の東海研修会での出会いから始まり、奨励会への弟子入り、プロ入り、そして公式戦での師弟対局へと続いてきました。技術を一方的に教えるだけではなく、弟子自身が成長できる環境を大切にしてきたことが、2人の師弟関係を知る重要なポイントです。

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6. 杉本昌隆の弟子は誰?一門と現在の活動

杉本昌隆八段は藤井聡太さんの師匠として広く知られていますが、藤井さん以外にも棋士・女流棋士を弟子に持っています。

自身が現役棋士として対局を続ける一方、弟子の育成、将棋の普及、執筆、講演などにも取り組んでいます。また、2023年からは日本将棋連盟の理事を務めており、活動の範囲は対局だけにとどまりません。

6-1. 藤井聡太をはじめ複数の棋士・女流棋士を育成

杉本昌隆八段の弟子には、藤井聡太さんをはじめ、複数の棋士・女流棋士がいます。

棋士では藤井聡太さん、齊藤裕也さんが杉本門下としてプロ入りしています。

藤井さんは2016年10月1日に四段へ昇段してプロ入り。齊藤さんは2022年10月1日に四段へ昇段し、プロ棋士となりました。

杉本八段自身も故・板谷進九段の弟子です。そのため、杉本門下は板谷一門の流れを受け継ぐ一門でもあります。

杉本八段は弟子を自分と同じ棋風にするのではなく、それぞれの考え方や個性を尊重する姿勢を示してきました。藤井さんが杉本八段とは異なる将棋を指していることからも、師匠と弟子が同じ戦法を選ぶ必要はないことが分かります。

6-2. 室田伊緒・中澤沙耶・今井絢らも杉本門下

杉本門下には、女流棋士もいます。

杉本昌隆八段の主な弟子

  • 藤井聡太:棋士
  • 齊藤裕也:棋士
  • 室田伊緒:女流棋士
  • 中澤沙耶:女流棋士
  • 今井絢:女流棋士

室田伊緒さんは2005年、中澤沙耶さんは2015年、今井絢さんは2023年に女流棋士となっています。

藤井聡太さんだけに注目すると見えにくい部分ですが、杉本八段は長年にわたって東海地方を中心に後進の育成に関わってきました。

また、弟子との関係については自身の著書やインタビューでもたびたび語っており、棋士としてだけでなく師匠としての活動も杉本八段の経歴を知るうえで重要です。

6-3. 棋士だけでなく著書・講演・将棋普及でも活動

杉本昌隆八段は、現役棋士として公式戦へ出場しながら、将棋の普及や執筆、講演にも取り組んでいます。

著書には振り飛車などを解説する将棋の専門書だけでなく、『弟子・藤井聡太の学び方』『弟子・藤井聡太が教えてくれた99のこと』『師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常』などがあります。

これらの書籍では、将棋の技術だけではなく、藤井さんとの師弟関係や人を育てることについても自身の経験をもとに綴っています。

企業や団体などでの講演活動も行っており、師弟関係や人材育成、挑戦と継続などをテーマに話す機会があります。

名古屋を中心とする東海地方で将棋の普及や後進育成に関わってきたことも、杉本八段の活動の特徴です。

6-4. 日本将棋連盟理事としても活動

杉本昌隆八段は、棋士や師匠としてだけでなく、日本将棋連盟の理事としても活動しています。

日本将棋連盟の公式プロフィールでは、2023年6月9日から理事を務めていることが確認できます。

現役棋士として公式戦に出場し、弟子を育成しながら、将棋界の運営にも携わっていることになります。

2026年10月現在も八段として対局を続けているため、杉本八段を「藤井聡太さんの師匠」という一面だけで捉えると、現在の活動の全体像は見えにくくなります。

プロ棋士、師匠、日本将棋連盟理事、執筆者、講演者という複数の立場から将棋に関わっています。

6-5. 妻・子どもなど家族について公表されている情報は?

杉本昌隆八段の家族について検索すると、妻や子どもに関する情報を見かけることがあります。

一方で、妻や子どもの氏名、年齢、職業などの詳しいプロフィールについて、本人や日本将棋連盟などの公式情報で広く公表されている内容は限られています。

そのため、家族についてネット上で語られている情報を、確認された事実として扱うことはできません。

幼少期の家族に関しては、杉本八段自身が父親から将棋を教わったことをインタビューで語っています。父親との遊びの中で将棋に出会い、それがプロ棋士を目指す最初のきっかけにつながりました。

父親・母親・兄弟についても、氏名や職業などの詳しい情報は公表されていません。

杉本八段の人物像を知るうえでは、非公表の家族情報を推測するよりも、本人が語っている幼少期の経験や、藤井聡太さんをはじめとする弟子との関係、現在の棋士・普及活動を確認する方が実像をつかみやすいでしょう。

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7. 杉本昌隆の年収・学歴・棋士としての経歴まとめ

杉本昌隆八段は、1968年11月13日生まれ、愛知県名古屋市出身の将棋棋士です。

小学生で奨励会へ入り、高校・大学へ進学しながらプロ棋士を目指し、1990年に四段へ昇段。現在は八段として公式戦に出場する一方、藤井聡太さんをはじめとする弟子の育成や将棋の普及にも取り組んでいます。

7-1. 愛知淑徳大学在学中も棋士を目指し1990年にプロ入り

杉本昌隆八段は、8歳ごろに父親から将棋を教わり、小学4~5年生のころから棋士を意識するようになりました。

小学6年生だった1980年に奨励会へ入会。その後は愛知県立春日井南高校、愛知淑徳大学へ進学しながらプロ棋士を目指しました。

奨励会では思うように昇級できない時期も経験しましたが、1990年10月1日に四段へ昇段。21歳でプロ棋士となっています。

7-2. 八段・通算600勝を達成し現在も現役棋士として活動

プロ入り後は公式戦で勝ち星を重ね、1995年に五段、2000年に六段、2006年に七段へ昇段。2019年2月22日に八段となりました。

同じ2019年には、50歳で順位戦C級1組からB級2組への復帰昇級も決めています。

2022年1月には公式戦通算600勝を達成し、将棋栄誉賞を受賞しました。

2026年10月現在も八段として公式戦に出場しており、日本将棋連盟の理事も務めています。

7-3. 藤井聡太らを育てながら普及・執筆・講演にも取り組む

杉本昌隆八段を語るうえで欠かせないのが、師匠としての活動です。

藤井聡太さんをはじめ、齊藤裕也さん、室田伊緒さん、中澤沙耶さん、今井絢さんらを弟子に持ち、後進の育成に携わってきました。

また、将棋の専門書や藤井さんとの師弟関係をテーマにした書籍を出版するほか、連載、講演、メディア出演などにも活動の場を広げています。

こうした複数の活動がある一方、杉本八段の正確な年収は公表されていません。対局、執筆、講演などから収入があることは確認できますが、それぞれの契約金額や年間の総収入は明らかになっていないため、具体的な年収額を断定することはできません。

杉本昌隆八段について分かったこと

  • 1968年11月13日生まれ、愛知県名古屋市出身
  • 愛知県立春日井南高校、愛知淑徳大学へ進学
  • 1990年10月1日に四段へ昇段してプロ入り
  • 2019年に八段へ昇段
  • 2022年に通算600勝を達成し将棋栄誉賞を受賞
  • 藤井聡太さんをはじめ複数の棋士・女流棋士を指導
  • 2026年現在も現役棋士として活動
  • 正確な年収は公表されていない

藤井聡太さんの師匠として知られる杉本八段ですが、自身も長年にわたって公式戦で勝ち星を重ねてきた現役棋士です。現在は対局だけでなく、弟子の育成や将棋の普及、執筆、講演、日本将棋連盟の活動にも携わっています。

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杉本昌隆に関するよくある質問

杉本昌隆八段は何歳ですか?

杉本昌隆八段は1968年11月13日生まれです。2026年10月5日現在は57歳で、2026年11月13日に58歳になります。

杉本昌隆八段の年収はいくらですか?

杉本昌隆八段の正確な年収は公表されていません。現役棋士としての活動に加え、著書、連載、講演、メディア出演などを行っていますが、それらを合計した年間収入を確認できる公式情報はありません。

杉本昌隆八段の出身大学・高校はどこですか?

大学は愛知淑徳大学、高校は愛知県立春日井南高校とされています。小学生のころから奨励会に所属し、学生生活と並行してプロ棋士を目指していました。

杉本昌隆八段はなぜ藤井聡太さんの師匠なのですか?

杉本昌隆八段と藤井聡太さんは、藤井さんが幼いころに東海研修会で出会いました。その後、藤井さんが奨励会を受験する際に杉本八段へ弟子入りし、正式な師弟関係となりました。日本将棋連盟の藤井さんの公式プロフィールにも、師匠として杉本昌隆八段が記載されています。

杉本昌隆八段の現在の成績は?

日本将棋連盟の公式記録では、2026年10月時点の通算成績は1225局651勝574敗、勝率0.5314です。段位は八段で、第85期順位戦ではC級1組に在籍しています。

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