
卒園・卒業。これまでの思い出を胸に、新しいステージへ羽ばたく感動の季節ですね。式典の緊張をほぐすスピーチのネタや、教室・茶話会で「へぇ〜!」と盛り上がる面白い雑学を一挙に70個紹介します。子ども向けから、大人も驚くマニアックなうんちくまで、用途に合わせてご活用ください!

1. 先生必見|子どもたちに語りかけたい卒園・卒業ネタ
卒業式は、学校での勉強を全部おわらせたことをお祝いする日です。でもそれだけじゃなくて、いっしょに遊んだお友だちや、優しくしてくれた先生に「ありがとう」を伝える特別なパーティーのような日でもあります。
「卒(そつ)」という漢字には「おわる」という意味があります。「業(ぎょう)」は「お勉強」のこと。つまり、「お勉強がおわりました!」ということをかっこよく言ったのが「卒業」なんです。
卒業式の朝、教室の黒板に先生が書いたメッセージや絵。あれは、みんなが帰ったあとに先生がこっそり夜遅くまで魔法をかけるように描いたものです。一瞬で消しちゃうのはもったいない、先生からの最後のお手紙なんです。
卒業証書に書いてある番号(証書番号)は、その学校が始まってから何人目の卒業生かを表しています。あなただけの特別な背番号みたいなもの。世界にたった一枚しかない、頑張った証拠のカードなんですよ。
「さようなら」という言葉は、昔は「左様(さよう)ならば」と言っていました。「そういうことなら(お別れですね)」という意味です。お別れを受け入れて、次へ進むための、とっても強くて優しい言葉なんです。
コサージュ(胸花)をつけるのは、中世ヨーロッパで「お祝いの席の悪い空気を追い払う」ために香りの良い花をつけたのが始まりだと言われています。卒業生のこれからの道に、悪いことが起きないようにという魔除けの意味もあるんです。
卒業式のあと、毎日つけていた名札を学校に返すことがあります。「これでもう、この学校の生徒じゃないんだな」と実感する瞬間。でも大丈夫、名札がなくても、心の中には「〇〇小学校の仲間」という証拠がずっと残っています。
卒業式の日に履いている上履き。入学したときよりもずっと大きなサイズになっていませんか?それは、あなたが6年間(3年間)で、心も体もこんなに大きく、たくましくなったという何よりの証拠です。
卒業前の最後の給食。いつもは「早く遊びたい!」と急いで食べる子も、この日ばかりは味わって食べます。もう二度と食べられない、あの学校のあの味。カレーや揚げパンなど、人気メニューが並ぶことが多いのも先生たちの優しさです。
先生たちは笑顔で「おめでとう」と言いますが、内心は「明日からみんなに会えないのか」と、卒業生以上にロス状態に陥っています。卒業式のあとの職員室は、実は生徒たちが思っているよりずっとお通夜ムードです。
ただの掃除じゃない!転んでも怪我をしない強い体を作る運動です。
お腹ぐー、足ぺた、背中ぴん。これだけで集中力が別人に変わります。

2. 学校・スピーチ|自慢できる「卒業」のうんちく
第2ボタンを好きな人に贈る風習は、戦時中のエピソードが由来と言われています。一番上のボタンを外すとだらしなく見えますが、第2ボタンなら上着がはだけにくいため、形見として渡したのが始まりだという説があります。
あの黒いワニ革のような筒、実は名前を「丸筒(まるづつ)」と言います(そのまんま!)。昔は賞状を丸めて持ち帰るのが普通でしたが、最近は「丸まると額に入れにくい」というクレーム(?)のせいか、ブック型のケースが増えています。
卒業証書によく使われている独特のカクカクした文字。あれは「勘亭流(かんていりゅう)」や「寄席文字」に似ていますが、正しくは「証書体(しょうしょたい)」に近い筆耕文字です。実はあの文字、わざと隙間を少なく、太く書かれています。「中身がぎっしり詰まった人生になりますように」という願いが込められている……というのは後付けで、一番の理由は「偽造しにくいから」だそうです。
昔の定番曲ですが、最近は歌詞が難しすぎることや、「師の恩(先生への感謝)」を強調しすぎる内容が現代に合わないという意見もあり、J-POPの合唱曲に取って代わられつつあります。
おめでたい席に欠かせない紅白幕。赤は「赤ちゃん(出生)」、白は「死装束(別れ)」を意味し、人生の節目を表しているという説があります。つまり卒業式は、一つの生活が終わり、新しい自分に生まれ変わる「誕生の儀式」でもあるのです。
世界的には9月や6月に卒業式を行う国が多く、3月は少数派. これは明治時代、国の会計年度が4月から始まったことに合わせたためです。日本の桜と卒業式のセットは、役所の手続きが生んだ奇跡の風景なのです。
日本の卒業式の定番『蛍の光』。実はスコットランドの『オールド・ラング・サイン』という曲が原曲です。海外では大晦日のカウントダウンで歌われる「ハッピーな再会」の曲。日本では「切ないお別れ」の曲。真逆のイメージなのが面白いところです。
日本で最初の卒業式は明治時代に行われました。当時の卒業式は、試験の結果をみんなの前で発表し、合格者だけが証書をもらえるという、不合格者には地獄のような公開処刑イベントだったそうです。
明治時代の女子学生にとって、袴は「動きやすい通学服」でした。今でいうジャージや制服のような感覚です。それがいつしか「当時のエリート女学生の象徴」として憧れの衣装になり、卒業式の定番スタイルとして定着しました。
高級な卒業証書に使われる本漉きの和紙は、保存状態が良ければ1000年持つと言われています。あなたの卒業の記録は、歴史の教科書に載るような昔の文書と同じくらい、長くこの世に残る可能性があるのです。
卒業式で全力で歌う校歌。1番は完璧、3番(最後)は感動で盛り上がりますが、2番はだいたい「歌詞がうろ覚え」な生徒が続出し、声のボリュームが一時的にガクンと下がるというミステリーが発生します。
名前を呼ばれて教壇に上がり、緊張のあまり証書を上下逆さま、あるいは前後逆さまに受け取ってしまう生徒が、各学年に最低1人は存在します。校長先生も一瞬「おっと」という顔をしますが、そこは阿吽(あうん)の呼吸でスルーされます。
話が佳境に入り、「最後に、皆さんにこの言葉を贈ります」と言われてからが、実は本番。そこからエピソードが2つ3つと追加され、「最後」という言葉に期待とイラ立ちを覚え始めるのは、もはや卒業式の伝統芸です。生徒たちの心の中では「ラスト詐欺」と呼ばれつつも、結局その長話が、後で一番の思い出になったりするのが不思議なところです。
あの黒い筒。蓋を開けるときに「ポンッ!」といい音をさせたい衝動に駆られますが、式典の最中にそれをやると、静寂の中でピストル音のような破壊力を発揮します。全国で毎年、何人の勇者がこの音を鳴らして先生に睨まれているのか、統計が待たれるところです。
「一堂起立!」の号令でビシッと立ったものの、その後の「着席」の号令がいつまでもかからない……。あの瞬間の、膝の行き場を失ったようなガッカリ感は異常です。「え、もしかしてこのまま挨拶聞くの?」という不安と、重力との戦い。ようやく「着席」と言われた時の、あの砂漠で水を見つけたような安堵感は、卒業式における隠れたクライマックスと言えるでしょう。
長い挨拶が終わった直後、体育館を支配する「拍手していいの?それとも静かに見送るの?」という謎の駆け引き。誰かが勇気を出して「パチッ」と一拍入れた瞬間に、雪崩のように「あ、いいんだ」と拍手が広がっていくあの連鎖は、もはや一つの集団心理学です。最初に拍手をした「ファーストペンギン」ならぬ「ファーストパチリスト」の勇気こそが、冷え切った会場の空気を温める最大の功労者なのです。
長時間立っていても疲れないコツは、耳の穴、肩の先、腰の骨を一直線にすること。これで式の最中もシャキッと見えます。

3. おもしろ雑学・あるある|卒業の「どうでもいい」ネタ
幼稚園や保育園の卒園式。一人ずつマイクで夢を発表する際、前半の子たちが「警察官」「ケーキ屋さん」と真面目に答える中、後半になるにつれて緊張が解け、「カブトムシ」「ピザ」「お肉」など、もはや人間ですらない夢が飛び出す「夢の崩壊現象」がよく見られます。
小学生が6年間で歩く距離は、だいたい「東京から九州」まで行けるくらいの長さになると言われています。ランドセルも6年間、ずっといっしょに旅をしてきた、世界に一つだけの相棒なんです。
校門にある華やかな「卒業証書授与式」の看板。写真映えする表側とは裏対照的に、裏側はガムテープやボルトでベタベタに補強されており、まるで「夢から現実へ」を引き戻すかのようなシュールな光景が広がっています。
映画でよく見る「帽子投げ」。実はあの角帽、角が結構硬くて鋭利です。一斉に投げると落下してくる帽子が目や頭に当たってケガをする人が続出したため、一部の大学では「帽子投げ禁止令」が出たこともあるそうです。
アルゼンチンの一部では、卒業生に卵や小麦粉、ケチャップなどを投げつけて「泥人間」にする風習があります。お祝いというより、もはや全力のイタズラです。日本の「第2ボタン」がどれほど平和か分かります。
海援隊の名曲『贈る言葉』。今や卒業の定番ですが、武田鉄矢さんいわく「実は失恋ソングとして作った」とのこと。歌詞をよく読むと、確かに去っていく恋人への未練にも聞こえます。それが今や先生から生徒へのメッセージの定番なのですから、面白いですよね。
あの黒い筒の中を嗅ぐと、独特の「酸っぱいような香ばしいような匂い」がします。あれを嗅がずにいられないのは、日本人のDNAに刻まれた卒業の儀式です。
校門の看板前で記念写真を撮ると、100%の確率で背景に「全く知らない他人の家族」が、まるで自分の親戚のような顔をして写り込みます。卒業アルバムの個人ページに、見知らぬおじさんが満面の笑みで共演しているのは、もはや日本の風物詩です。
集合写真の右上に小さく載る「欠席者」の丸い枠。あれ、最近はフォトショップの技術が上がりすぎて、いかにも「最初からそこにいた」かのように自然に合成されるケースが増えています。数十年後、本人すら休んだことを忘れる現象が起きています。
卒業式の帰り道、上靴を持ち帰るのを忘れて、一生学校の下駄箱に置き去りにされる上靴が全国で年間数千足はあると推測されます(筆者調べ)。
卒業式で叫ぶ「一生友達だよ!」の有効期限は、だいたい次の夏休み明けくらいに一度審査が入り、成人式で再更新されるかどうかが決まります。
後半になればなるほど、書くスペースがなくなって文字が米粒のように小さくなる寄せ書き。最終的にはアルバムの余白ではなく、写真の空(スカイライン)の部分にまで文字が侵食していきます。
式が終わって教室に戻ったときの、あの独特の空気。机が少し整列していなかったり、ランドセルが雑に置かれていたり。あんなに騒がしかった場所が、明日から自分たちの場所ではなくなるという事実に、心が一番揺れる瞬間です。

4. 卒業式を乗り切る!|知っておきたい「当日」ネタ
卒業式の練習で一番大変なのは、じっと座っていることかもしれません。むかしの人も「最後はビシッとカッコいい姿を見せよう」と頑張っていました。これも、お兄さん・お姉さんになるための最後の修行なんです。
「楽しかった!(タメ)」「運動会!(全員)」という独特のテンポ。あれを一度習得すると、大人になっても居酒屋のコールや結婚式のスピーチで、無意識に「タメ」を作ってしまう後遺症が残ることがあります。
卒業式に雨が降ると「涙雨(なみだあめ)」なんて言われて切ない気持ちになりますが、統計的には、雨の日の卒業式の方が、後から「あの時は大変だったね」と記憶に強く残るそうです。また、花粉症の生徒にとっては、雨のおかげで「感動の涙」と「花粉の涙」を区別しなくて済むという、物理的なメリットも存在します。
今では当たり前の卒業旅行。昔は学校行事の修学旅行そのものが、人生最後で最大の旅行(卒業旅行)としての意味合いを強く持っていました。今は「学校で1回、友達と1回」と2回楽しめる贅沢な時代になりました。
卒業証書を受け取るとき、壇上の階段を登りますよね。実は「左足」から登り、「右足」から降りるのが作法とされています(諸説あり)。とはいえ、緊張で「ロボット歩き」になっている生徒には、もはや右も左も関係ありません。
代表の生徒が読み上げる答辞。あの蛇腹状の紙、実は「式辞用紙(しきじようし)」と言います。広げると想像以上に長く、読み終わった後にきれいに畳み直す技術は、卒業生代表に課せられた最高難度のスキルです。
制服をバシッと着こなし、髪型を整え、少し緊張した表情。卒業式当日は、普段のジャージ姿や寝癖姿からは想像できないほど、クラスメイト全員が3割増しでキラキラして見える魔法がかかります。
合唱の伴奏を任された生徒は、卒業式の1ヶ月前から「指を怪我してはいけない」という呪縛に囚われます。当日、もし間違えたら一生の思い出を台無しにする……という、プロのピアニスト並みの精神状態で挑んでいますが、本番は緊張で指が冷え切り、感覚がないまま「無」で弾いていることが多いです。
バラには本数によって意味が変わる花言葉があります。卒業式に贈られる1本は「一目惚れ」…ではなく「あなたしかいない(唯一の門出)」という意味を込めることが多いです。まあ、単に「1本だと安くて見栄えがいいから」という大人の事情もあるとかないとか。
呼びかけの練習で、隣や向かいの子とバッチリ目が合ってしまう瞬間。感動的なセリフを言わなきゃいけないのに、なぜかニヤけてしまうあの現象。本番ではあえて「誰の目も見ず、体育館の時計あたりを凝視する」のが正解です。
あれだけ前日に準備したのに、卒業式の朝に限って「上履き」や「記念品を入れる袋」を忘れる生徒がいます。最後の日まで先生に「コラッ!」と怒られるのも、一つの立派な卒業セレモニーです。
ドキドキした時、鼻から吸って口から長く吐くと、心がポカポカ落ち着きます。

5. マニアック!|知ってたらすごい卒業の裏側
6年間一度も休まず登校する「皆勤賞」。実はこれ、勉強ができること以上に「体の丈夫さ」と「支えてくれた家族の協力」が必要な、とんでもなく難易度の高い賞です。社会に出ると、この「休まない力」が一番評価されたりします。
ハリーポッターのような黒いガウン。あれは中世の修道士の服がルーツです。昔の校舎は寒かったため、防寒着として着ていたものが正装になりました。おしゃれというより、元々はサバイバルな理由だったんですね。
アルバムの最後にある、自由にメッセージを書ける白紙のページ。あそこに誰からもメッセージをもらえないことを恐れた結果、自分から「なんか書いて!」と配り歩く「営業活動」が始まります。数十年後に見返すと、一番仲が良かった親友からのメッセージが「また明日」だったりして、当時の距離感に愕然とします。
「卒業証書授与式 式場」と書かれた看板。あの前で写真を撮るために、式典の時間よりも長い行列に並ぶのが現代の卒業式のメイン行事になりつつあります。看板がなければ、そこはただの校門前です。
一人が泣き始めて「ズズッ」と鼻をすすると、それがリズム隊のように周囲に伝染します。最終的には合唱の伴奏に合わせて、体育館中に「ズズッ、ズズッ」という裏拍のパーカッションが鳴り響くことになります。
体育館が極寒であればあるほど、校長先生の話は長く感じられるという物理法則があります。逆に暖房が効きすぎていると、睡魔という別の敵が現ります。
壇上に座っている地元の名士の方々。あの方たちは、同じ時期に何校もの卒業式をハシゴしています。同じような挨拶、同じような合唱を何度も聞いているため、表情は厳かですが、頭の中では「今日の昼ごはんは何食べようかな」と考えている確率が50%を超えています。
強風で看板が倒れて怪我をしないよう、多くの学校の看板は角が少し丸まっていたり、発泡スチロール製だったりします。意外と優しい設計です。
卒業式につける真っ赤なリボン(花飾り)。安全ピンで止める際、緊張で指を刺してしまう生徒が続出します。さらに、式が終わる頃にはなぜかリボンが下を向いてしまい、お辞儀をするたびにブラブラと揺れる謎の物体と化します。
小学校のアルバムに書いた「プロ野球選手」や「ケーキ屋さん」という夢が、10年後にそのまま叶っている確率は、宝くじよりは高く、天気予報よりは圧倒的に低いです。ほとんどの人は「何て書いたかさえ忘れる」のが通常の生存ルートです。
「感動して泣いている自分」をイメージして鏡の前で練習する生徒がクラスに1人はいますが、本番は緊張しすぎて鼻水しか出ないのが現実です。
卒業式の翌日、いつもの時間に目が覚めて「あ、もう学校に行かなくていいんだ」と気づいた瞬間、全宇宙から取り残されたような「圧倒的な暇」に襲われます。あの「何をしてもいいけど、何をしていいか分からない」不思議な空白の時間は、人生で数回しか味わえない貴重な(どうでもいい)瞬間です。
卒業式の本番よりも、その数日前に行われた「予行演習」の方が、動きも歌も一番キレッキレだったりします。本番は、感動や緊張という「不確定要素」が邪魔をして、練習通りにいかないのが人間味です。
昔は定番だった紅白饅頭。最近は「賞味期限」や「衛生面」、はたまた「饅頭よりクッキーの方が嬉しい」という子供たちの本音(?)により、徐々に姿を消しつつある絶滅危惧種です。
卒業式の前日、在校生が総出で行う体育館のシート敷き。あの「1ミリのズレも許さない」とばかりにガムテープを貼る作業は、卒業式そのものよりも集中力を使います。あの平らな床こそが、在校生からの最大のプレゼントです。
証書を受け取ったあと、自席に戻るまでのあの数メートル。証書を脇に抱えるべきか、両手で大事に持つべきか。緊張で「ナンバ歩き(同じ側の手足が出る)」になっている自分に気づいたときの恥ずかしさは異常です。
自分のセリフが終わった後の、長い待ち時間。他の子が言っている間、ずっと「姿勢を正して前を見る」というミッションを遂行していますが、頭の中では「今日の夜ご飯、ハンバーグかな」という雑念が5割を占めています。
「はい、笑ってー」と言われて撮った個人写真。なぜか指名手配犯のような険しい表情か、引きつった苦笑いになりがち。数十年後、子供に「パパ(ママ)、これ誰?」と聞かれるまでがセットです。
体育館の後ろに貼られた祝電。昔の担任の先生の名前を見つけると、卒業生一同が「おおーっ!」と盛り上がります。逆に、全く知らない政治家の名前には「……誰?」という冷ややかな視線が注がれます。
遠くの景色を見るだけで、お勉強で疲れた目のピントがリセットされます。

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