リハビリのモチベーションが上がらないと悩む方へ|15年のPT経験から導き出した“意欲を呼び覚ます”魔法の声かけと信頼関係の作り方
第1章:はじめに――リハビリの成果を左右する「見えない因子」
リハビリテーションの現場において、私たちは日々、解剖学や生理学、運動学に基づいた高度な技術を研鑽しています。徒手療法、運動療法、物理療法……。これらの技術は、患者さんの身体機能を回復させるために欠かせない、プロフェッショナルとしての誇りであり、道です。私自身、これまで15年の現場経験の中で、技術を極めようとする同僚たちの姿を数多く見てきましたし、その探究心には深い敬意を抱いています。
しかし、年間1,000件以上のリハビリを行い、数百人の患者さんと向き合ってきた中で、どうしても拭えない「一つの実感」があります。
それは、どれほど優れた技術や理論を注ぎ込んだとしても、受ける側の「意欲(モチベーション)」という土台が崩れていれば、その効果は半分も得られないということです。
逆に、意欲に満ちあふれた患者さんは、こちらの予想を上回るスピードで回復を遂げることがあります。リハビリとは、セラピストが「施す」ものではなく、患者さんと共に「創り上げる」ものだからです。
この記事では、技術の道を尊重した上で、その技術を120%活かすための「心のスイッチ」の入れ方について、私の経験に基づいた知見を余すことなくお伝えします。
第2章:なぜ「頑張りましょう」が届かないのか? モチベーションの正体
1. 「意欲がない」のではなく「心が疲弊している」という視点
現場で「あの人は意欲が低い」と一言で片付けられてしまうケースをよく目にします。しかし、私の経験上、最初から意欲がゼロの患者さんは一人もいませんでした。
モチベーションが上がらない背景には、以下のような切実な理由が隠れています。
- ゴールの見えない不安:「いつまで続くのか」「本当に歩けるようになるのか」という恐怖。
- 自己効力感の低下:昨日までできていたことができない自分への絶望。
- 痛みによる消耗:動くたびに走る鋭い痛みが、前進しようとする意欲を削ぎ落とす。
これらは性格の問題ではなく、脳と心が身を守るために出している「ストップ信号」です。
2. 「不都合な真実」:意欲の差で効果は劇的に変わる
正直に申し上げます。私のこれまでの主観的な観察に基づけば、リハビリに対してポジティブな感情を持っている方と、強い拒絶感を持っている方では、同じ期間の訓練でもADL(日常生活動作)の改善率に明らかな差が出ます。
これは決して患者さんの責任ではありません。意欲が低下すると、脳内の神経伝達物質の分泌や、運動学習に関わる領域の活性化が鈍くなることが関係していると考えられます。だからこそ、私たちは技術を振るう前に、まず「この人の心は今どこにあるのか?」を確認する必要があるのです。
3. 「声かけ」の罠――励ましがプレッシャーに変わる瞬間
「頑張ってください」「もっと足を上げましょう」
これらの言葉は、セラピスト側からすれば応援ですが、患者さんにとっては「今のままの自分ではダメだ」という否定のメッセージとして届いてしまうことがあります。
特に、性格的に真面目な方ほど、「頑張れない自分」を責め、さらに意欲を低下させるという負のスパイラルに陥りやすい。ここで必要なのは、技術的な指導ではなく、徹底した「傾聴」と「共感」を通じた、心の安全基地を作ることなのです。
第3章:【戦略1:傾聴】「技術」を届けるための土台作り
1. 「評価」の前に「背景」を知る
リハビリの初回、私たちはつい関節可動域(ROM)や筋力を測ることに意識が向きがちです。しかし、この記事を通じて私が最も伝えたいのは、「身体の評価よりも先に、心の評価を終えているか」という点です。
患者さんが今、何に怯え、何に価値を感じているのか。これを無視したプログラムは、どんなに最新の知見に基づいたものであっても、患者さんにとっては「押し付け」になってしまいます。
2. 「沈黙」はセラピストの武器になる
コミュニケーションにおいて、焦って言葉を紡ぐ必要はありません。
「今日は少し、足が重そうですね……」
そう一言添えたあとの5秒、10秒の沈黙。その間に、患者さんの心の中では「この人は私のしんどさを分かろうとしてくれている」という安心感が芽生えます。
「傾聴」とは、単に話を聞くことではなく、「あなたの存在を肯定していますよ」というメッセージを、時間をかけて伝える作業なのです。この信頼関係(ラポール)が築けて初めて、私たちが磨いてきた専門技術は、患者さんの身体にスッと浸透していくようになります。
第4章:【戦略2:遊びりテーション】脳を騙して「意欲」を引き出す
1. 「訓練」という言葉が持つ重圧
「10回、膝を伸ばしましょう」
この言葉を聞いた瞬間、多くの患者さんの脳内には「義務感」と「疲労予感」が走ります。特に性格的に真面目な方ほど、回数をこなすことだけに集中し、動作そのものが強張ってしまう。
ここで私がおすすめしたいのが、「遊びりテーション(遊び × リハビリテーション)」という概念です。
2. 「目的」を身体の外に置く(外部焦点化)
運動学習の理論でも「外部焦点(External Focus)」は有効とされていますが、私はこれを現場の「遊び」として昇華させています。
- 「足を上げてください」→「私の手のひらを、足の裏でタッチしてみてください!」
- 「腕を伸ばしてください」→「あのカゴの中に、このボールを投げ入れてみましょう!」
不思議なことに、「足を上げる」という目的意識を捨てて「タッチする」という遊びに集中した瞬間、患者さんの可動域は劇的に広がります。これは、脳が「運動の辛さ」よりも「目標達成の楽しさ」を優先した結果です。
3. 「図解イラスト」が果たす役割
私は、この「遊び」の概念を視覚的に伝えるために、運動図解イラストを作成しました。言葉だけで説明するよりも、明るいイラストで「こんな風に楽しみながら動いてみましょう」と提示する方が、患者さんの表情は明らかに和らぎます。


「意欲がない」とされていた患者さんが、遊びを通じてふと見せる笑顔。その瞬間に分泌されるドーパミンこそが、どんな高価な物理療法機器よりも強力に、リハビリの効果を底上げしてくれるのです。


第5章:場面別・心を動かす「魔法のフレーズ」集
ここでは、私が現場でトライ&エラーを繰り返して辿り着いた、「心理的安全性」を高める声かけをご紹介します。
1. 拒否が強い時:「今日は見学だけで十分です」
「リハビリ=辛い」という先入観がある時、無理に介入するのは得策ではありません。まずは「何もしないこと」を説明し、リハビリ室の雰囲気を見学するだけなどにして、セラピストが敵ではないことを示します。
2. 停滞期(プラトー)で落ち込む時:「過去のあなたと比べてください」
「歩けるようにならない」と嘆く方には、昨日ではなく、入院当初の「全く動かなかった頃」の記録を具体的に伝えます。「15年前の私が見ても、今のあなたの変化は驚異的ですよ」という専門家としての客観的な保証が、消えかけた希望の火を灯します。
第6章:【戦略3:雑談のチカラ】リハビリ室を「居場所」に変える技術
1. 「リハビリの話」をしない勇気
皮肉なことに、リハビリの効果を最大化させる秘訣は、時に「リハビリの話を一切しないこと」にあります。
昨日のテレビ番組の話、家族の近況、あるいは今のニュースへの不満……。一見、訓練とは無関係に思えるこれらの「世間話」こそが、患者さんの緊張を解き、脳をリラックスした「運動学習に適した状態」へと導きます。
セラピストが「指導者」ではなく、一人の「聞き手」になった時、患者さんの身体から余計な力が抜け、結果としてその日の可動域訓練や歩行訓練のパフォーマンスが飛躍的に向上することを、私は何度も目撃してきました。
2. 「武勇伝」は自己効力感の宝庫
特に人生の大先輩である患者さんたちが語る「若い頃の武勇伝」や「仕事での成功体験」を聞くことには、医学的なアプローチに匹敵する価値があります。
病気や怪我によって「できないこと」ばかりに目が向いている患者さんにとって、過去の栄光を語ることは、自分自身のプライドと自己効力感(自分はやればできるという感覚)を取り戻す大切なプロセスです。
「そんなにすごい経験をされてきた〇〇さんなら、このリハビリもきっと乗り越えられますね」
この一言は、どんな解剖学的な説明よりも強く、患者さんの内なる生命力を突き動かします。
3. 「コミュニケーション」こそが最強の介入手段
世間話ができる関係性は、単なる仲の良さではありません。それは「この先生は私の人生そのものを尊重してくれている」という深い信頼の証です。
その日のリハビリ効果に差が生まれるのは、技術の差ではありません。「この先生と一緒に歩きたい」と思える心理状態を作れたかどうか、その一点に尽きるのです。
第7章:【倫理とポリシー】安全で信頼される情報発信のために
本記事でご紹介したアプローチは、私の15年間の理学療法士としての臨床経験と、数百人の患者さんとの対話から得られた知見に基づいています。
リハビリテーションの効果には個人差があり、疾患の種類や進行度によって最適なアプローチは異なります。意欲向上は極めて重要な要素ですが、常に主治医や担当セラピストの指示を仰ぎ、医学的な安全性を最優先に考慮してください。
私たちは「心」を扱うプロであると同時に、科学的根拠を尊重する「医療従事者」でもあります。この両輪が揃って初めて、真の意味での「質の高いリハビリ」が実現すると私は信じています。
第8章:おわりに――リハビリは「人生を取り戻す」プロセス
リハビリテーションの主役は、いつだって患者さん自身です。
私たちセラピストが磨き続ける技術は、患者さんが「もう一度、自分の足で人生を歩みたい」と願う気持ちを支えるための杖に過ぎません。
もし今、現場でモチベーションの壁にぶつかっている方がいたら、一度、手技を止めて、患者さんの好きなテレビの話や、かつての輝かしい武勇伝に耳を傾けてみてください。
その時、患者さんが見せるふとした笑顔。それこそが、リハビリが成功に向かって動き出した、何よりのサインなのです。
これまでの経験の中で私が確信したのは、「心がつながった時、身体は変わり始める」という真実です。
この記事が、リハビリに携わるすべての方、そして今まさにリハビリに励んでいる方にとって、前を向くための小さなしおりとなれば幸いです。









